精緻なモデリング技術
シリーズ最終号である今回は、モデリング技 術の3回目「制御・回路モデリング」についてです。
MBDの理想と課題
モータ制御・回路の分野においてMBD(Model Based Design)が注目されて久しいですが、MBDではモータの挙動を正確にあらわすモデルをもつことで、実機検証の前にシミュレーションによって制御アルゴリズムの検証を行います。MBDという開発手法は、ますます加速する製品開発期間の短縮および限界設計におけるものづくりにおいてその重要性を高めています。製品を早く市場に出すという要求は、従来分業化されてきたモータ設計と制御・回路設計の同期・並列化を促します。MBDではシミュレーションを用いたV字プロセスによって、設計工程であっても検証を行なうことができます。また、制御対象であるモータは小型化・高出力化が進み、磁気飽和や空間高調波が制御アルゴリズムに与える影響は無視できないものになっています。また逆に磁気飽和や突極性を利用したセンサレス制御の開発においてはモータの挙動を深く理解することが求められています。
こうした開発プロセス・製品要求の中でMBDの重要性は高くなるものの、実際にMBDを導入するにはいくつかの壁を克服する必要があります。設計工程の並列化が求められるもののモータ設計と制御・回路設計では使用するモデルが異なるため同時に検証をするためには適したツールが必要となります。また、ツールで使用するモデルには高い精度が要求されます。モータの挙動は駆動状態によっては非線形性が強く出るためにシンプルな線形モデルでは十分に制御アルゴリズムを検証できないことがあるからです。
モータモデルに求められる精度
高負荷・高回転で駆動するモータの挙動は複雑です。JMAGは有限要素法(FEA)の技術を中心にこうした挙動を正確にとらえます。高速で回転するモータでは鉄損などの損失を無視することができません。また、磁気飽和が進むとモータのインダクタンスは小さくなります。センサレス制御の重要なパラメータである起電圧波形においてはモータのスロット高調波の影響は重要です。モータ設計におけるこれらの重要な現象はJMAGによるシミュレーションで精度よく求めることができます。
一方で、制御シミュレーションで使用されるモータモデルのパラメータは集中定数が基本となります。たとえばPM同期モータの場合、等価回路は抵抗、インダクタ、磁石による起電圧により構成され、それぞれのパラメータが分かれば制御・回路シミュレーションでモータの挙動を知ることができます。しかし、前述のような複雑な現象をシミュレーションで再現するには、それらのパラメータをより精度よく与えることが必要となります。そのため、Lookupテーブルなどを活用し、非線形性を考慮したインダクタンスをモデルに組み入れるなど制御シミュレーションで使用されるモータモデルの精緻化も進んでいます。こうしたモデリング技術の高度化の流れの中で、モータ設計で使用されるシミュレーションモデルから制御・回路シミュレーションで使用可能なモータモデルを生成することができるのが、JMAGのモータモデル生成技術です。
FEAをベースとした高精度モータモデル生成技術
JMAGがもつモータモデル生成技術とは、FEAモデルから制御・回路シミュレーションで使用可能なモデルを自動的に生成するものです。一番の強みとしてはモデルの精度が高いということです。しかし、制御・回路シミュレーションで使用されるモータのモデリングにもさまざまな方法があります。JMAGのモータモデル生成技術は、モデルに求められる精度やその生成時間に応じてモータモデルを提供します。
(a) 直接連携モデル
実際にはFEAと制御・回路シミュレーションの連携解析といったほうが分かりやすいかもしれません。モータモデルという観点からみるとこの方法はFEAモデルをそのまま制御・回路シミュレーションで使用するということになります。このモデルの精度はFEAと同等であるということが利点です。また、シミュレーションの結果として磁束密度などの分布を確認することができ、豊富な情報を得ることができます。ただし逐次FEAを行うため、要素数などモデルが大きい場合には計算時間がかかることが難点です。
(b) LdLqモデル
FEAモデルからモータのインダクタンスを生成する技術です。このモデル自体は数式で記述するモータモデルの基本となります。しかし、モータのインダクタンスは磁気飽和によって変化します。JMAGが生成するモデルは磁気飽和を考慮したLdLqモデルを生成します。モデル自体は一般的なものですが、JMAGによってパラメータの精度を高めることができます。
(c) JMAG-RTモデル
FEAモデルからモータのビヘイビアモデルを生成する技術です。ベースとなる考え方はLdLqモデルと同じですが、モータの非線形性のみならず空間高調波の影響などさらに精度を高めたモデルを生成します。
(b)や(c)の利点はベースとして従来の古典的モデルを用いつつ、そのパラメータの精度を高めることで制御・回路シミュレーションでの計算時間を(a)の手法にくらべてはるかに短縮していることです。
なぜFEAをベースとしたモータモデルが必要なのか?
高精度なモータモデルの重要性はすでに述べたとおりですが、ではなぜそのモデルがJMAGのモデル(FEAモデル)から生成される必要があるのでしょうか? ひとつは精度です。JMAGが採用している有限要素法による磁界解析は今やモータ設計においてはなくてならないものとなっています。それはJMAGがもつ解析技術が複雑なモータの挙動を精度よくとらえることができ、またモータ設計においてもそのような精度が要求されているためです。もちろん制御・回路設計においても、同程度の精度をもってモータが評価されなければMBDを実現することは難しいです。つまりモータモデルを生成する場合においてもベースとなるモデルの精度が高いことは、そのままモータモデルの精度を高めることにつながります。
次にモータモデル自体についてではありませんが、高い安全性についても触れておきたいと思います。制御アルゴリズムを検証する際、実機の実験では様々な状態が試験されます。その中でもモータを最大回転数で回す場合や故障時の状態をみるために回路を短絡させた場合などの実験は危険度が高く、実験にかかるコストもかかります。MBD自体はシミュレーションを行うことでそうした危険度・コストの低減を実現しますが、異常系の評価についてはモータの挙動は定常状態から大きくはずれます。その場合、重要になるのがやはりモデル精度です。つまり、シミュレーションにより高い安全性を確保するにも高精度モータモデルが必要になります。
FEAモデルからモータモデルが生成されるということはモータ設計と制御・回路設計において同じモータモデルを使用できることを意味します。これはMBDを実現する際に壁となるモータ設計者と制御・回路設計者のコミュニケーションの問題を解決します。シミュレーションツールは時として検証ツールだけでなく、コミュニケーションツールとしても機能します。モータ設計と制御・回路設計という2つのプロセスをJMAGとJMAGが生成するモータモデルがつなぎます。
高速に高精度なモータモデルを生成する技術
MBDには欠かせないモータモデル生成技術ですが、メリットばかりではなく解決すべき技術的課題もあります。シミュレーション時間と精度のトレードオフです。なぜJMAGがいくつかのモデル生成方法をもつかという背景には、この課題を解決するためにあります。またそれぞれの方法についてもデメリットを解決するための技術があります。
たとえば直接連携モデルにおいては計算時間が一番の問題となります。それは制御・回路シミュレーションの時間刻みでFEAの計算がおこなわれるためです。JMAGではサブサイクリングという手法を使うことで、FEAと制御・回路シミュレーションの時間刻みを独立に扱うことができます。モータで起きる現象と制御・回路で起きる現象のタイムスケールは異なるために時間刻みを調整することで計算時間の大幅な短縮を実現します。
LdLqモデルやJMAG-RTモデルにおいてはモデルの生成時間が問題です。この問題を解決するのが分散処理の技術です。これらのモデルの特徴はあらかじめ様々な駆動状態でのモータのパラメータを求めてモデルに持たせることです。そのために多数の計算を行うことになりますが、それぞれの計算は独立しているためにコンピュータを複数台用意して処理を分散することができます。コンピュータ資源のコストが低価格化する中でこうした分散処理の技術は今後ますます重要になってくると思われます。
最後にこのテクニカルレポートでもご紹介したソルバーの高速化の技術は、すべての方法において高速にモータモデルを生成することをサポートします。
HILSでも動くJMAGのモータモデル
MBDにおいて設計の早い段階でのシステム検証としてHILS(Hardware In the Loop)が行われますが、JMAGが生成するモータモデルはHILSのツールであるリアルタイムシミュレータ上でも動作します。JMAGはディエスピーテクノロジやOpal-RTといったリアルタイムシミュレータの開発会社とコラボレーションを組むことで、HILSでも使用できるモータモデルを提供しています。また、今後はさらに多くのシミュレータでJMAGのモータモデルが動作するようになることを目指しています。
MBDを促進するJMAGの高精度モータモデル生成技術
今後MBDがさらに普及するために最も必要な要素の一つがシミュレーションツールの整備です。そしてその中核に位置するのがモータモデルにあると我々は考えています。JMAGが持つモータモデル生成技術は、高精度モデルの提供のみならず、モータ設計と制御・回路設計のプロセスを効率よく連携させます。JMAGの持つ解析技術がより幅広い領域で活用されるよう今後も機能開発を行っていきたいと考えております。
今回をもってテクニカルレポートのシリーズは終了します。JMAGの持つ解析技術をベースとなる「計算エンジン」「メッシュ生成エンジン」、またそれらを基盤としたモデリング「材料モデリング」「物理モデリング」「制御・回路モデリング」という視点でご紹介してきました。JMAGは今後も電気機設計に活用されるシミュレーションツールとして解析技術の開発を行っていきます。その中でまた視点を変えて皆様にJMAGの解析技術をご紹介したいと思います。
[JMAG Newsletter 2010年3月号より]