誘導加熱解析で得られるもの

FEAが開発現場にもたらす効果とは何か?

本稿では誘導加熱装置を設計・利用されている方を対象に、シミュレーションを活用する効果を知って頂くことを目的としています。金属加熱時の設計改善を検討する際にご参考頂ければ幸いです。

はじめに

誘導加熱とは電磁誘導の一種です。加熱コイルに高周波の交番磁界を印加すると、被加熱体の表面に渦電流損失が発生し、これを熱源として表面温度が上昇するという物理現象です。一口に、誘導加熱装置と申しましても分野は多岐にわたり、金属表面の性質を変える高周波焼入れ装置や金属を溶解させる誘導炉などメートルサイズの大型の装置もあれば、液体や溶剤を温める各種IHヒータなど中型の装置までさまざまです(図1)。誘導加熱装置のメリットは数多くありますが、燃焼系の加熱装置と比べると、局所加熱・急速加熱・高効率(直接加熱)がポイントになるのではないでしょうか。
しかし、いざ局所加熱しようとすると、複雑な形状にあわせてどのような加熱コイルの形状にするのが最適なのかに頭を悩ませます。形状の概略が決まっても、加熱対象の表面から指定した深さだけを加熱しようとすると、電力や周波数の調整が必要となります。加熱に時間がかかると周囲に熱が伝導してしまうので、低温から高温までの加熱状態を制御するのは一筋縄ではいきません。目的とする範囲・深さを満たしつつ温度調整をするには、加熱コイルや電源を試行錯誤で試作するか、長年の経験と勘を有する熟練工の方々に頼らざるを得ないことが多いように思います。
シミュレーション技術を導入すると状況は一変します。より良い加熱コイルの形状・電力を試し、再現実験するだけでなく、なぜそのような加熱状態に至るのかを分析することで、さらなる改良を論理的に導きだすことができます。次節以降で、具体例を用いてシミュレーションの効果を紹介いたします。

図1 さまざまな適用事例図1 さまざまな適用事例

解析モデルについて

本稿では炭素鋼の角材の両側に溝がある製品を熱処理します。溝はベアリング部ですので、磨耗を防ぐために、高周波焼入れを施し、表面硬度を高める事とします。必要以上に深く温度が上がりすぎると内部の靭性が失われますから、表面数ミリメートルを加熱することを目標とします。溝の奥と角と外表面の3点の温度を観測します(図2)。加熱コイルには電流振幅2000A、周波数30kHzを通電しました。

図2 解析モデルと温度の観測点図2 解析モデルと温度の観測点

加熱要件を満たすかどうか

誘導加熱解析モデルは対象物の形状・材質を指定し、加熱コイルに電流や電圧を設定するだけで作成できます。解析を行うと所定の時間で、どのくらいの温度上昇が得られるかを簡単に知ることができます。加熱時間が長ければ、電流量を増やしたり、周波数を変えたりして傾向をつかみ調整できます。本例では、溝から1.5mm離した位置に加熱コイルを置くと、約10秒で溝の奥の温度がキュリー点(約770℃)を超えることを確認できます(図3)。

図3 10秒後の温度分布(左)と、各観測点での温度推移(右)図3 10秒後の温度分布(左)と、各観測点での温度推移(右)

コイルの位置を変えてみる

加熱コイルの位置を変えると、磁束が通る道(磁路)が変わり、加熱される場所・加熱効率などが変わります。本例では、加熱コイルの位置Dが1.5mmですと十分に加熱されますが、位置Dが7mmだと発熱量が少なく十分に温度が上がらないことが分かります(図4)。

図4 10秒後の温度分布(左:D=1.5mm、右:D=7mm)図4 10秒後の温度分布(左:D=1.5mm、右:D=7mm)

どこに渦電流が流れるのか

解析を行うと、被加熱体のどこに渦電流が発生しているのか、銅製コイルのどこに電流が偏ってしまうのか等を評価できます。表面の温度を上げるには、温度を上げたい部分にきちんと渦電流が発生しないといけません。電流分布からは、加熱コイルの位置・形状の妥当性・改良点を検討することができます。本例では位置Dが1.5mmでは溝の内側に大きな渦電流が発生します(図5の左図)。溝の内側だけを熱するのには近接させた方が熱量を集中できることが分かります。一方で、位置Dが7mmでは、溝の外側の角材表面にも渦電流が発生します(図5の右図)。溝を含めた周辺の表面硬度も上げるには、加熱コイルを少し離した位置の方がよいことがわかります。但し、加熱コイルを離すと前述のとおり発熱量が低下します。熱処理する深さを浅くするには、急速加熱が必要なので、投入する電力を大きくしなければならないことも分かります。

図5 室温時の電流密度分布(左:D=1.5mm、右:D=7mm)図5 室温時の電流密度分布(左:D=1.5mm、右:D=7mm)

根本的な要因である磁路を把握する

JMAGは二次元解析の磁束線、三次元解析の磁束密度ベクトル等を表示することができます。加熱コイルにより生じた磁束が、被加熱体のどこを通るのかという磁路を確認して下さい。渦電流は磁束が通る道を遮蔽するように発生しますので、磁路を確認することは誘導加熱現象を理解し、改善するのに大変有用です。本例では位置Dが1.5mmの場合、加熱コイルにより発生した磁束は溝の表面に沿って流れていることが確認できます(図6の左図)。だからこそ、溝の奥側に熱量が集中する効果をもたらします。位置Dが7mmの場合、加熱コイルにより発生した磁束は周囲に大きく広がり、溝の外側の壁面からも進入します(図6の右図)。結果として、溝の内側だけでなく外側の表面にも渦電流が流れ、溝の内外の表面が同時に温度上昇します。位置Dが7mmの場合には発熱量が少ないので、電流振幅を3500Aに増やした結果を図7と図8に示します。10秒後の温度分布をみると、位置Dが1.5mmの場合と比べて、溝下部の温度も上昇していることが確認できます(図7)。位置Dが1.5mmの場合は、溝部の温度が著しく上昇し、温度差が大きくなりますが、位置Dが7mmの場合は、溝の下方の角材表面との温度差を少なくできることが分かります(図8)。

図6 室温時の磁束線図(左:D=1.5mm、右:D=7mm)図6 室温時の磁束線図(左:D=1.5mm、右:D=7mm)

図7 10秒後の温度分布(a)  D=1.5mm,電流振幅2000A  (b) D=7mm、電流振幅3500A
図7 10秒後の温度分布

(a) D=1.5mm,電流振幅2000A(a) D=1.5mm,電流振幅2000A

(b) D=7mm、電流振幅3500(b) D=7mm、電流振幅3500A

図8 各観測点での温度推移

おわりに

従来は経験と勘で設計されていた誘導加熱装置ですが、誘導加熱解析を用いて頂くと試作コストをかけずに初期検討を何度も試して頂くことができます。また、温度上昇のメカニズムを分布量として評価・分析できますので、なぜ、この加熱コイルだと望ましい加熱状態をもたらすのか、改善の余地はないかなどを原理・現象から突き詰めて頂くことができます。本例では二次元の断面形状にしておりますが、JMAGでは複雑な三次元形状を扱う事も可能です。是非、一度誘導加熱解析をお試し頂ければ幸いです。

(橋本 洋)

[JMAG Newsletter 2012年9月号より]

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