最終回 モデルベース開発はモデルに拡縮自在と共有性を求める

解説:モデルベース開発

本連載では、モデルベース開発に対してJMAGがどのように貢献できるかをお話してきました。第1回ではモデルベース開発おける典型的なソリューションである制御シミュレーションに対する「JMAG-RT」の開発モチベーションについて述べ、第2回では昨年夏にリリースしたJMAGのモデルベースに関わる新機能を通じて、JMAGが考えるモデルベース開発への具体的な取り組みをご説明させていただきました。また、第3回はマルチフィジックスもモデルベース開発のソリューションであることを通じて、情報の流通性・共有性を高めることがモデルベース開発参加するためのCAEの要件であることを確認しました。
このように、本連載では有り体のモデルベースの解説ではなく、モデルベース開発とは何なのか、CAE屋が何をすべきかを考えてきました。その結果、私自身が最初はわかったような気になっていたMBD が、実は全然分かっていないことを認識でき、モデルベース開発というものを再定義することが出来ました。(お付き合いいただいた読者の方はご迷惑だったかもしれませんが)。今回は連載のまとめとして、ズームイン・ズームアウトと流通性をキーワードにモデルベース開発を考えます。

V字開発サイクルにおけるモデルのあり方

開発工程をV字サイクルに擬えることがよく行われており、特にモデルベース開発を解説する際に多く使われています。[仕様・要件]-[システム設計]-[プラント設計]-[部品設計]-[試作機]-[ 単体評価]-[ 結合評価]-[システム評価]-[総合評価]の工程をフローで繋ぎ、検討や評価の進捗や情報の深化度をV 字に配置することで、開発の流れを分かりやすく表現しています。仕様からスタートし、工程が進むにつれてどんどん深化し、試作部品やソフトウェアが試作機として具体化し、確認評価や改修により、完成度を高めながら、全体に評価範囲を拡げ、製品として結実する、そんな流れを表現しています(図1)。

図1 V字開発サイクル図1 V字開発サイクル

分岐と収斂

しかし、今更ですが、私はこのV字開発になんとなく、違和感を覚えたため、その原因についていろいろ考えてきました。最近になってようやく違和感の原因が分かったので、ここでご説明させていただこうと思います。V字開発サイクルは一本道で表現されていますが、実際のシステムや機器は複数のプラントから構成され、プラント自身も多数の部品やサブアセンブリ、ソフトウェア、コントローラから構成されています。したがって、システム/製品をスタートゴールとする構造は、一本道ではなく、階層が下がるにつれて分岐し、試作品が作られる時期に最も拡散し、評価が進み階層が上がるにつれて収斂する形になります。このことについて誰も説明してくれなかったため、私は違和感を持っていることに気が付きました(図2、図3)。

図2 分岐する開発サイクル図2 分岐する開発サイクル

図3 収斂する開発サイクル図3 収斂する開発サイクル

実際の開発サイクルのイメージ

したがって、開発サイクルは正面から見るとV字に見えますが、横から見ると人体の毛細血管のように多くの分岐を持ち、それらの分岐が再び集まって最後は製品としてまとまります。まさに動脈と静脈の関係のようです。これで、開発サイクルがしっくりきました。気が付けば当たり前のことで、別に珍しい話ではありません。故障解析で用いられるFTA(Fault TreeAnalysis;故障の木解析)のように物事の原因や構造を理解するために普通に行われている考え方です(図4)。

図4 開発サイクルは三次元的にイメージできる図4 開発サイクルは三次元的にイメージできる

各工程での判断に必要な情報は異なる

開発の各工程において設計者や技術者は常に正しい判断を求められています。正しい判断をするためには、必要十分な情報が要ります。情報が少なすぎては判断自体が不可能になることは言うまでもありませんが、情報が多すぎても持て余して本当に見るべき情報を見逃してしまい、判断を誤る危険があります。したがって、階層化された各工程で情報を取捨選択する必要があります。初期段階では視点を広く・高く取り、物事をマクロに捉える必要がありますが、検討が具体的に詳細になっていくに従い、視点を対象に近づけミクロに見なければなりません。
この開発サイクルを流通する情報が、モデルベース開発におけるモデル自身になります。したがって、必要に応じて、ズームインしたりズームアウトしたり出来ることがモデルには期待されます。例えば、モータの稼動時の熱定格をざっくり見積もるためには、各部の磁束密度分布のようなローカルな情報は不要ですが、運転状態でどの程度の損失を発生するかは重要になります。このとき、局部的な損失分布は不要です。一方、磁石の局部的な減磁を評価するためには、詳細な部品形状や磁束の流れこそが重要になってきます。このように、モデルには場面によって情報を自在に拡縮出来ることが期待されます。また、前述のように分岐したフロー間でも情報は共有されなければなりません。例えば、アクチュエータとコントローラのように異なるプラントが共同して動きを実現する場合、お互いが共通の情報に基づいて、性能を評価する必要があります。先ほどの図4に軸を追加することで、開発の空間の見通しが立ち、モデルベース開発に求められるモデルの要件が明確になります。縦軸はモデルの詳細度、横軸は情報の展開度、前後軸が開発の進捗状況になります(図5)。V字開発サイクルのスピードを高めることが開発の速度や効率を高めることにつながりますから、モデルには、縦にも横にも移動可能で流通性が高いことが期待されます。

図5 モデルは自由に情報を運ぶことを期待される図5 モデルは自由に情報を運ぶことを期待される

開発は全てのプロセスを通過する

分岐を考慮したV字開発で考えると明確になりますが、スタートからゴールに辿りつく為には、全ての経路でOK であることを満たす必要があることが分かります。さぼることやショートカットすることは許されません。試作するか、三次元解析を行うかは別にして、必要な判断を回避することはできないのです。全ての工程でリスクを潰しておかないと、後工程にリスクが持ち越されてしまい、後々になってトラブルや手戻りが発生する可能性が高まります。開発を成功に導くためには詳細設計のパスを飛び越えることは出来ません(図6)。
繰り返しになりますが、詳細設計のプロセスで効果を発揮するのが有限要素法を用いた三次元解析になります。また、このモデルがモデルベースのコンセプトに沿って作られていれば、他の分岐やプロセスで容易に使用することが出来るので、開発の速度を向上することが出来ます。

図6 全ての経路でOK であることが必要図6 全ての経路でOK であることが必要

拡縮と共有を意識した解析ツール

ここまでV字開発におけるモデルのあり方を考察してきました。その結果、開発プロセスの中を流通する情報が開発の肝であることは昔から普遍のままで、その流通性・汎用性を高めるために、モデルベース開発というコンセプトが用いられるようになってきたことが分かりました。モデル自体には拡大縮小が自由自在であることや、流通が容易であることが期待されていることは、今まで述べたとおりですが、そのモデルを生成、評価する”解析ツール”も開発の状況に合わせて使い分けることが期待されます。

一次元解析ツール

開発の初期段階ではシステムとしての妥当性や必要な要件が検討されます。具体的な形状を検討するための準備で、システムが何を成し遂げるのか、何を捨てるのか、構成するメンバー(プラント)の役割はどの様なものか等、いたってロジカルに判断を進めます。この時点では、物理的な成立性は一旦無視し、あるべき姿を定めます。このようなフェーズで使われるツールが一次元シミュレータと呼ばれるものです。モデルは部品形状や材料物性のような三次元の情報は持たず、性能や機能、入力/出力の関係やロジックのみが定義されます。MATLAB/Simulink(Mathworks社)やLMS Imagine.Lab AMESim(LMS社) が代表的な解析ツールです。ここでシステムを構成するメンバー(プラント)の任務、役割を決めます。制御回路や電気回路などは、形状的な実体よりもロジカルな振る舞いが重視されるので、一次元で扱われます。この段階でのモデルは何を入力とし何を出力するかが重要で、ロジカルな振舞いをするモデルと評価環境が必要とされます。

三次元解析ツール

開発の中盤ではプラントの具体的な設計検討が行なわれます。物理的な妥当性や形状の成立性、生産のしやすさなど、上位で決まった様々な要件を満たすことが出来るかが評価されます。ここでのモデルは実際の形状や材料特性を考慮したモデルが必要となり、有限要素法を用いた物理シミュレーションの独壇場となります。電磁界解析で言えばJMAGです。モデルは実機で要求される全ての物理系に関して評価されることが期待されます。このため、マルチフィジックスといわれるような、連成解析機能なども要求されます。

一次元解析と三次元解析の流通が容易であること

既に述べたとおり、異なる階層における判断には、情報も異なってきます。そのため、モデルベース開発に用いられるモデルは、必要に応じてミクロからマクロまでの情報を提供できる流通性が期待されます。常に全てを開示するのではなく、必要に応じてズームインして見せたり、ズームアウトして全体を見せることが出来なければなりません。言うまでもなく、ズームイン・ズームアウトするために手間が掛かることは許されません。

JMAGの機能

このようなモデルベース開発に対して JMAGは様々な情報を拡大縮小、共有化できるようにモデルを提供していますので、紹介します。

一次元解析への対応

一次元解析のソリューションとしては、第1回でご紹介した JMAG-RTがその代表となります。JMAGの高精度・高速な電磁界解析により、モータモデルを作成します。モデルは電圧信号を入力として、解析により求めた鎖交磁束やインダクタンス、トルクや相電流値を出力します。パワエレ回路設計や制御を設計に有用なモータ情報を提供します。JMAG-RTモデル自体はSimulink 等の汎用制御シミュレータ以外にも、Cプログラムから利用することが出来るなど、汎用性を高めることを意識して開発・改善を進めています。
また、JMAGの直接連携機能を用いることでJMAG自体を一次元モデルとして扱うことも可能です。この場合、モータに限らない電気機器の全ての現象を接続することが可能となるため、共有性は大きく広がります。

三次元解析への対応

二次元を含む三次元解析は、幾何形状や物性を盛り込んで物理法則に則ったモデルになります。この分野は高精度に電磁界解析を実行できる JMAGの得意とする分野です。電磁現象による電磁力、誘導損失、非線形磁化特性を解き明かすことが出来るだけでなく、その情報を他の解析シミュレータと共有するため、マルチフィジックス対応を進めており、AbaqusやLMSVirtual.Labとのデータの共有性を高めており、磁界解析結果を構造解析や振動騒音解析で容易に利用可能となる機能を準備しています。
また、JMAG-Designerは自身の形状作成機能の他に多数のCADと連携する機能を持っています。これはCADとJMAG-Designerが形状情報(ファイル)を、まさに共有する機能です。CAD上での形状変更がすぐにJMAG-Designerに反映されるので、形状や配置設計を電磁気的な評価と並行に進めることが可能となります。マルチフィジックスのような、解析結果の共有という意味ではありませんが、設計開発において、形状や配置設計は非常に重要で、形状情報を共有できる有意性はモデルベース開発に大きく貢献します。

まとめ

本連載では、モデルベース開発に対応したJMAG-Designerの機能紹介をするつもりでした。しかし、説明のために JMAGがモデルベース開発にどのような貢献しているのかを考えれば考えるほど、モデルベース開発を理解できていないことを痛感しました。このため、JMAG-Designerの機能紹介を離れ、モデルベース開発に対する考察を進めることに注力してみました。
今回の連載で、モデルベース開発というものは、開発手法を大きく変えるものではなく、今まで書類や図面、試作品として流通していた開発情報を、モデルという形に置き換えることで、情報の流通性や共有性を高めようという考え方であることが再認識できました。逆に言えば、図面や仕様書もモデルと考えることも出来るわけです。
JMAG-Designerの詳細な機能は別の記事に譲るとして、その機能を読み解く時に、皆様の開発サイクルを流通する開発情報をいかに高めることが出来るのかという視点で見ていただくことで、今まで気づかなかったような開発工程の効率化に貢献できることもあるかと思います。

(坂下 善行)

[JMAG Newsletter 2011年冬号より]

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