芝浦工業大学 赤津観研究室

JMAGとのコラボで次世代モータシステムの開発に挑む

芝浦工業大学 赤津観研究室

モータや制御システムの技術進化が著しい。モータが世界の電力の過半を消費する製品であることや電気自動車の登場など、環境をテーマ軸として進化が促されている。その設計や性能評価において電磁界解析ソフトウェアが必須のツールになっている。電気学会「電磁界解析による回転機の実用的性能評価技術調査専門委員会」の幹事であり、永久磁石モータのトルクリップル低減などの成果をもつ芝浦工業大学の赤津観准教授の研究室でも電磁界解析ソフトウェア「JMAG」が活用されている。赤津准教授にモータ開発と電磁界解析ソフトウェアの活用策について聞いた。

エンジンと電気モータを併用するハイブリッド車が普及したり、電気自動車が実用化されるなどしてモータや制御システムへの関心が高まっているように感じます。

赤津氏:
モータ自体は、非常に成熟した技術と思われていますが、今なお技術は進化を続けています。最近は特に、環境問題に対応するためにモータと制御システムの改良が続いています。
あまり知られていないのですが、日本の電力の57%がモータに使われています。コンプレッサーやポンプなどに組み入れられたモータなど、すべてを合算してです。そのなかには電力の利用効率が30%以下という“エネルギー浪費型モータ”も少なくありません。また、使われているモータのうち、インバータによって制御されているモータは16~17%程度にすぎないともいわれています。

もし日本中のモータを、現在において最も効率的とされるモータに置き換えたとしたら日本のCO2排出量は7%減らせるという試算もあります。
地球環境を考えると、高効率で高性能かつ小型のモータシステムを安い価格で一刻も早く世の中に送り出さなければならないのです。

電気自動車への関心も高まり、その心臓部ともいえるモータシステムの技術革新は急ピッチで進んでいます。たとえば自動車用モータは、坂道発進など低速時に高いトルクを必要とします。しかし、それだけのトルクを出すモータであると平坦な道路の走行ではやたらに強すぎ、ムダです。また車に搭載するのですからできるだけ小型で力の出るものが欲しい。
こうした課題を克服するために、モータそのものの材料や構造、さらに制御も一体にした新たなエレクトロニクスモータシステムの研究が進んでいます。

まさに時代の関心が集中するなかで「JMAG」に代表される電磁界解析ソフトウェアが利用されているのですね。

赤津氏:
わたしの研究室では、JMAGを設計ツールや理論検証ツールとして活用しています。たとえば線形で設計した後、非線形ではどのような影響が出るかをシミュレーションしたり、新しいモータを考案したときに理論が本当に正しいかどうかを検証したりして数式モデルの作成につなげる。さらにモータの制御パラメーターを導き出して制御モデルを作成することにも活用しています。
制御系の設計では、すでに線形モデルは使われていません。そこでJMAG-RTを使い電磁界や回路シミュレーションの結果を、リアルタイム方式の制御シミュレーションにつなげています。

わたしの研究室に配属になった学生にはJMAGは必須で、利用法の講習を行います。さらに具体的なモータの製作課題を与え、製作過程でインダクタンス計算(*1) や鉄損計算(*2) 、出力カーブ計算(*3) などに挑戦しながらモータに対する理解を深めてもらっています。

*1 インダクタンス=巻線などにおいて、電流の変化が誘導起電力となって現れる性質。誘導係数とも言う。
*2 鉄損計算=鉄損とはモータの鉄芯(コア)にコイルを巻き、電気を流して磁化したときに失われる電気エネルギーの量。これが大きいとモータの効率を低下させる。
*3 出力カーブ計算=モータの出力(パワー)の変化をとらえる。

JMAGが支えた高トルク追究とトルクリップル低減手法

2010年12月のJMAGユーザー会では、赤津先生より「JMAGをオブザーバーにしたモータ制御~永久磁石モータのトルクリップル低減制御実験」についてご紹介いただきました。読者の皆さんに改めて目的と概要をご紹介いただけますか。

赤津氏:
モータの力を強める高トルク化をめざしていくと、どうしてもトルクリップル(*4)とのトレードオフに悩まされます。そこを解決するために、モータの設計側は平均トルクを上げることに力を注ぎ、トルクリップルは制御で抑えるという「設計と制御のコラボレーション」を実現したいと考えました。その開発にJMAGを使っています。

具体的には、トルクリップルの数式モデルを導き出し、瞬時にトルクリップルを推定します。そのうえで推定したトルクリップルを打ち消すような電流指令をつくって通電させることでトルクリップルを低減できたのです。
トルクリップルの数式化は非常に難しかったのですが、JMAGにより計算結果と実験結果が一致するモデルを作成できました。JMAGの出力するトルクリップルの結果が、実機と合致することは分かっていますので、解析ベースで研究を進められます。

設計と制御のコラボレーションによる高トルク設計への注力という目的を実現できたのですね。

赤津氏:
JMAGは、この種の数式モデルの作成に向いているのでしょうね。現在は、設計段階でJMAGの結果と一致すれば良い、ということで設計の自由度が増しています。

昔は、モータをつくる人と制御する人は別でした。特に制御方法を編み出す人には、「モータは数式モデル通りに動くし、動かすものだ」と思い込んでいる人がたくさんいました。しかし実際は、そうではないのです。
今回、JMAGによって精度の高いトルクリップル制御 モデルができたことで、つくる人と制御する人のコラボレーションが可能になったと思います。

*4 トルクリップル=モータが回転する際に生じるトルク(力)の脈動のこと。トルク脈動の発生は、騒音や振動の原因になり制御性を悪くする場合がある

実験結果をふまえたこれからの展開はどのようなものですか。

赤津氏:
2つあります。まず、実験ではトルクリップルの制御とトルクリップルが原因で発生している振動を抑制することができましたが、今後は違うタイプ、たとえば永久磁石ではなくスイッチドリラクタンスモータ(SRM)(*5)のような非線形性の大きいモータに適用してみたいですね。

もうひとつは、JMAGを実際のコントローラーのなかで動かすことです。JMAGが導き出したトルクリップル発生の数式モデルと、その計算に基づく発生推定を全面的に信用してコントローラーにフィードバックし、リアルタイムに制御する。そういう時代が10年以内に必ずやってくると確信しています。

*5 スイッチドリラクタンスモータ(SRM)=固定子と回転子の電気抵抗の差を利用して回すモータ。回転子の内部に永久磁石を埋め込んだ回転界磁式のモータに比べ、簡単な構造なので耐熱性には優れるが、トルクやエネルギー利用効率が劣っており、小型化による電気自動車への利用は厳しいと考えられてきた。しかし最近、小型で高出力のSRの開発に成功したケースもある。

JMAGユーザー会2010 シミュレーションパークJMAGユーザー会2010 シミュレーションパーク

『JMAGをオブザーバーにしたモータ制御~永久磁石モータのトルクリップル低減制御実験』映像
『JMAGをオブザーバーにしたモータ制御
~永久磁石モータのトルクリップル低減制御実験』映像

実験機器の構成実験機器の構成

トルクリップル制御(シミュレーション結果)トルクリップル制御(シミュレーション結果)

トルクリップル制御(実験結果)トルクリップル制御(実験結果)

論文紹介
  • Noriya Nakao and Kan Akatsu, “A New Control Method for Torque Ripple Compensation of Permanent Magnet Motors” , The 2010 International Power Electronics Conference -ECCEASIA- (IPEC2010), 23P3-38, Sapporo, June, 2010/06/28
  • 中尾,赤津, “永久磁石同期モータの瞬時トルク推定式に基づくトルクリプル制御” ,平成22年電気学会産業応用部門大会1-16

モータ技術の進化と解析ソフトウェア

電磁界解析のソフトウェアの登場が、モータ技術の開発に与えた歴史的な影響というものをどのようにお考えですか。

赤津氏:
永久磁石モータが登場したのと、有限要素法による解析が実用レベルになってきたのが1990年代初頭のほぼ同じ時期であったのは、モータ開発者には幸運以外のなにものでもありませんでした。
ニーズと発明の同期状態が出現したといってもよい でしょう。互いが互いの発展を同時並行的に促して今日に至っています。

かつては制御のための数式ばかりを解いていた時代がありました。そんなことばかりを繰り返していては、新しい構造のモータや制御方法は生まれてこなかったでしょうね。生まれてももっと後のことだったに違いありません。有限要素法による解析ソフトウェアが誕生しなければ、ハイブリッドの「プリウス」(*6)などはまだ出現していなかったかもしれません。
こうしたソフトウェアがモータ技術の進化を促し、その成果がさらにソフトウェアにフィードバックされてソフトウェアを進化させるという相互進化、つまりニーズと発明の同期状態は今後もさらに続いていくと思います。

JMAGをご活用いただき、どのような部分が優れているとお感じになりますか。

赤津氏:
JMAGは登場以来、開発の現場で支持されてきたと思います。こうした道具を多くの技術者が求め、実現するのを待っていたからです。
ただ、わたしが自動車メーカーの総合研究所でJMAGを使い始めた2000年ごろはまだ、他社製の電磁界解析ソフトウェアの結果との比較を上司から指示されていました。解析精度に対する疑念は、この道具の使い方がまだ十分に開拓されておらず、解析結果と実試験でのデータを照合した事例数もまだ多くなかったからではないかと思います。しかし、その後は、解析の事例が蓄積されればされるほど現場の信頼が強まっていきました。

さらにJMAGが厚い信頼を得るようになった理由に、サポート体制があるように思います。ユーザーフレンドリーな技術思想は、厚い信頼のベースになっていると思います。トラブルが発生したり、疑問点が出た時の対応はとても速い。サポートに連絡するとすぐに対応してくれます。これは本当にありがたく、他社の追随を許さないと言っても過言ではないでしょう。

*6 プリウスは、トヨタ自動車株式会社の登録商標です。

JMAGが示す結果の”要因”が見えれば、後工程削減に技術革新が起きる

先生は、学生さんにどのようにJMAGを活用してほしいと思われますか。

赤津氏:
得られた結果については納得いくまで考えてほしい。また、解析結果はあくまでシミュレーションであることを肝に念じることです。解析は、どんなに優れたソフトウェアを使っても入力が間違っていたら間違った答しか出てこない。そんな当たり前のことを注意深く意識しながら利用してほしいですね。

赤津研究室には、「研究室5箇条」という約束事があり、そこにも「原理原則を常に考えること」を掲げています。結果を推測して行動し、常に本当に正しいのかと検証を繰り返す。そうした姿勢が大切です。

今後、JMAGが先生の研究のお役に立てるようになるには、どのような改善を施すべきでしょうか。

赤津氏:
まずは、解析結果の有効利用性を高めてほしいですね。
たとえば磁石磁束と電機子巻線のつくる磁束を分離できるという山崎克己先生(千葉工業大学)の手法は、解析結果についての新しい利用法を示唆しています。つまり現在は「解析結果」として示されているだけですが、その結果の“内訳”を分析・分割して表示するのです。結果の内容・要因が分かれば、次の工程で問題になる部分が分かり、結果的に何に注力すべきかも分かります。「後工程をつかめる分析表示」といってもよいかもしれません。

高周波数ごとに磁束密度分布をプロットする手法もとても有効ですし、ポスト処理の自由度の高さが今後の解析ツールの価値を決めていくとも思います。さらに磁界そのものがいかに発生するかはいまだにつかみきれていないので、磁界の出る方向(スピントロニクス)をシミュレーションできる手法なども確立してほしい。

いずれにしても世界に貢献でき、強い産業競争力を備えたモータを開発するのは、日本が生き残っていくために不可欠な取り組みです。永久磁石はすばらしいが、材料のレアアースは中国に依存しています。そこでSRMの高性能化というテーマも出てきます。SRMは磁石を必要とせず省資源型だからです。
分解してもコピーできないモータ、まったく異なる2つの特性を発揮できるモータ、モータとインバータが一体になったモータなどなど、さまざまな高付加価値モータが推定されますが、それもまたJMAGの高度化に支えられ、さらなる高度化を促すというコラボレーションによって実現していくのだと感じます。

学生さんはJMAGをどう見ている?
JMAGは大変に優れた解析ツールだと実感しますが、同時にある程度の実体験がないとつかいにくいと感じる部分もあります。たとえば巻線を設定する場合、巻線そのものを実体験していないと設定内容をイメージしづらい。その設定が間違っている場合、結果を出してからでないと気がつかないということがよくあります。
それは、2次元ベースで考えている頭を3次元に切り換える難しさでもあるのかもしれませんが、言葉を換えれば、実体験を重ねれば重ねるほどJMAGの“強力さ”を自分のツールとして活用できるということであるのかもしれません。
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中尾矩也さん
芝浦工業大学大学院
電気電子情報工学
専攻修士1年

お話を伺った方

赤津 観氏

芝浦工業大学 工学部
電気工学科 准教授
赤津 観氏

芝浦工業大学工学部電気工学科
学校名
芝浦工業大学工学部電気工学科
赤津観研究室
研究室紹介
芝浦工業大学の豊洲キャンパスに2009年度に設立された研究室。モータやジェネレータの高効率・高性能化を中心課題として関連テーマの研究を行っている。研究室全体の目標は「2050年CO2 50%削減に向けて工学的に貢献する」。
赤津観准教授は、2000年に横浜国立大学大学院電子情報工学専攻を修了し(工学博士)、日産自動車総合研究所に勤務。2003年から2009年3月まで東京農工大学工学部電気工学科助教、2009年4月から芝浦工業大学工学部電気工学科准教授。専門は、モータを中心とする電気機械エネルギー変換工学、パワーエレクトロニクス、制御工学。電気学会の各種委員を務めている。

[JMAG Newsletter 2011年1月号より]