マツダ株式会社

自動車の進化を支えるシミュレーションの活用
– JMAGは電気デバイス普及時代の到来を見据えたデファクトツール –

マツダ株式会社

化石燃料を消費するクルマから電気を活用し、環境にも優しいクルマへ。今、クルマは、さらなる進化を遂げようとしている。その鍵を握っているのが電気デバイスという最新技術群であり、コア部品としてのモータだ。また開発の効率化をめざしシミュレーション技術を多用する流れも定着した。独自のクルマの進化シナリオを備えながら、着々と堅実に未来への準備を進めるマツダ。そこでもJMAGは、最先端の創成領域に重要な役割を果たしている。

ビルディング ブロック戦略とSKYACTIV TECHNOLOGY。マツダの未来観

米盛様の所属が「革新研究創成部門 創成領域研究チーム 兼 先進車両システム研究部門 車両統合制御研究」となっていますが、これはどのような研究をなさるセクションなのですか

米盛氏:
創成とは、「初めてできあがる」といった意味だそうですが、まさに従来からもなく、今もない新しい技術を生み出す活動を立ち上げていくセクションです。例えば、今までは考えられていなかった材料の組合せで、数倍の磁気性能が数分の一のコストになる新磁石が発明されたら、どんなモータに生まれ変わることができるだろうか、などと様々なありえそうな未来群を自由自在に発想し、その実現を支える技術群について、どうすればシステムとして統合的に構成できるかについて検討しています。わたし自身は、「自らの未来は、自らの力で切り開き、掴みに行くべし」といった表現をしています。

具体的にはどのような分野での創成研究に取り組まれているのですか

米盛氏:
そのお話をする前に、現在のマツダがめざしているクルマづくりを理解してもらう必要があります。
マツダは2007年3月に「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」を策定しました。これはクルマも、人も、地球も、みんながわくわくし続けられるサステイナブルな未来の実現にマツダが取り組んでいくことを宣言したものです。それに基づき2008年6月には、 「2015年までに世界で販売するマツダ車の平均燃費を、2008年に比べて30%向上させる計画」を発表しました。その実現に向けた戦略的な考え方が「ビルディングブロック戦略」です。
近年、ハイブリッド車や電気自動車など、新しい電気デバイスを搭載したクルマが登場し、自動車の性能はエンジン、トランスミッション、ボディー、シャシーなどの従来技術と、電気デバイスとの総合力で語られるようになりました。一部のメディアでは、あたかもハイブリッド車や電気自動車への淘汰がおきるかのように、やや拙速に語られているように感じています。
しかしマツダは、2020年においても自動車のパワートレインに占める内燃機関の割合も役割も依然として大きいと予測しています。内燃機関と電気デバイスの重合部分が拡大するのであり、電気デバイスだけに存在価値があるなどとは思っていません。そこで、クルマの基本性能である「ベース技術」を優先的に改良した上で、段階的に減速エネルギー回生システムやハイブリッドシステムなどの電気デバイスを組合せていく「ビルディングブロック戦略」を採用しました。

図1 ビルディングブロック戦略図1 ビルディングブロック戦略

つまり、単純な技術の世代交代ではなく、既存技術に新技術が上乗せされて全体的には機能がより高い次元に進化するというのですね。

米盛氏:
そうです。ベースとなる内燃機関の効率を向上させれば、ハイブリッド化する際も付加するモータやバッテリーなどの電気デバイスのバランスが当然変わります。こうしたメリハリをつけることで、マツダらしい走る歓びと優れた環境性能を両立するクルマを実現しようとしています。
そして、それを実現するために研究、開発されたすべての革新的な新世代技術群を総称して「SKYACTIV TECHNOLOGY(スカイアクティブテクノロジー)」と呼んでいます。2010年秋には、量産エンジンとしては世界初となる高圧縮比14.0を実現した「SKYACTIV-G」を搭載した新型デミオを発売したのを皮切りに、2012年にはSKYACTIV技術をフル搭載したCX-5やアテンザを投入して高い評価を得ました。
世の中ではハイブリッド、電気自動車という一辺倒なシナリオが常態化しつつあるなかで、内燃機関の改善の余地はまだまだ大きいことを自らの力をたのみて示しました。これは私個人の見立てですが、自動車業界の開発動向にも一石を投じえたのではないかと考えています。

開発スタイルの新潮流 MBDを支えるJMAG

ビルディングブロック戦略と、その具体的な結実であるSKYACTIV TECHNOLOGY。米盛さんの研究は、それらの、もう一歩先の未来を見た研究と位置づけられているのですね。

米盛氏:
詳しくはお話できませんが、わたしは主に、自動車用のワイド レンジ ドライブ モータや機能複合システムの研究にあたっています。未来の、まだ姿の見えないものを探っていくのですから、どんどん自由自在にいろいろなテーマで検証を進めてよいのですが、そこには一つの“前提”のようなものがあります。
クルマの開発では、関係する全ての技術者たち、(会社の垣根も越えますので、それぞれの分野の匠といった方が、イメージが伝わるでしょうか) が、想像を絶するほどの議論や試行錯誤を重ねながら新型車の幹というかコンセプトを固めていきます。その際、試作車などを組み立てる前に、完成形を明確に予見できる能力が高ければ高いほど、いち早く効率的に問題点を摘出し、拡散する前に潰し込むことができます。そこでCAEが登場し、ある程度のイメージ化を手伝ってくれる。最近は、MBD(Model Based Development)と呼ばれる開発手法が取り入れられ、より源流でのシミュレーションも活発に展開されるようになっています。
MBDは、お客様のために限界設計を追求するための方法論の一つです。近年のクルマ、例えばハイブリッドが代表例ですが、内燃機関とモータとブレーキという非線形な動力装置同士が複雑に絡み合って動作しています。時には不連続にON/OFF動作もしながら、全体としては協調的に滑らかにトルクを操作するということは、実は極めて高度なワザなのです。しかも「高性能」「小型・軽量」「低コスト」「制御性」「超静粛・低振動」「高品質・長寿命・耐熱」などの沢山の評価指標を全て充足せねばならない。その時に、各システムの動的な特性表現といえる挙動モデルを事前に高精度に把握する能力に長けていれば、いち早くマシーンのポテンシャルを引出し、お客様の望むシステムへ一近づくことができるのです。

図2 構想設計図2 構想設計

図3 ユニット開発図3 ユニット開発

そこでJMAGも役に立っているのですね

米盛氏:
クルマでは洗練されたダイナミクスというのが重要な指標の一つなのですが、単純にトルクが太く変動が小さければそれでよいというものではありません。トルクの出方には、「こういう出方が気持ちよい」という長年の経験知があり、そこをめざすように研究が進められます。例えばバイクに乗ったことがある方ならわかりやすい例えと思うのですが、V型エンジンの「ドドドリュッ」というトルクのうねりは、すごくやる気をそそりますし、シングルの「タタタッ」という小気味よい音も、のんびりした其々の良い持ち味がありますよね。自動車の世界ではアクセル/ブレーキ ペダルとトルク(加減速G)の出方、あるいは操作舵角と旋回Gの知覚関係には追求すべき理想像があるのです。電気系固有の内部変動成分すらをも掌握し、卓越した操作能力を持っていれば、理想像に最短距離でたどり着けるのです。

実際に、JMAG-RTでハードルの高い解析にあたられたのですね。

米盛氏:
電気駆動車両のMBDにおけるJMAG-RTの活用については、個人的にもレポートをまとめています。
電気駆動車両のモータ・ドライブ・システムの性能解析では、計算し易い理想的な条件に絞り込んで、モータの限界性能などの代表特性で相対的な良し悪しを論じるのが一般的です。しかし、これはモノの特性の一つを語ったに過ぎません。実際のモータは電池電圧の変動や内部部品過熱の影響を受けますし、おなじ設計図面の品物でも、極端に言えば一台一台の個体差があるのです。また、JMAG単体では、モータが周辺システムに連結した状態での動作範囲や効率変化などの相互作用を厳密に再現できません。そこで「動的なシステムの限界設計」をめざすために、JMAG-RTを用いてシステム内部の相互作用やトレードオフをも一気に俯瞰する高速計算環境を構築しました。

図4 MDMDSシステム図4 MDMDSシステム
マツダ株式会社 技術研究所 米盛 敬氏
「電気駆動車両のMBDにおけるJMAG-RTの活用事例」JMAGユーザー会2011 発表資料より引用

解析結果をどのように活用なさっていますか

米盛氏:
詳細な机上実験レポートが全てのデザイン毎に自動生成され、既存技術を最大限に活用した場合の限界設計群の掌握が全自動で可能になりました。例えば、原始的なデザインで一度特性を掌握し、その進化用にゲーム理論の応用アルゴリズムを注入することで、さらに特性向上を試すといった膨大な試行錯誤作業を24時間ノン ストップのコンピュータ群に任せています。さらに実験計画法のアルゴリズムを組合せ、最少のスタディで高相関にある因子を明確にしたり、特性に対して寄与度が高い因子に着目してさまざまなシミュレーションを行ったりすることも可能になりました。さらには、遺伝的アルゴリズムなどを活用して常識では発想しない突然変異的な組合せも試行して技術のブレイクスルーにつなげていく試みも行っています。
システム性能の動的限界の向上に関する挑戦としては、システム内部の熱律則(複数)の見える化や、フル加速時のバッテリー電圧降下との関係の見える化、コンピュータを活用し優れた設計群の共通法則のパターン抽出などがあります。様々な取り組みを行なっていますが、計算作業そのものには、なるべくマンパワーの力点を置かないように、実は徹底的な自動化指向を根底に持っています。計算結果群を分析的に俯瞰し、よりよいアイデアをモデル空間の外から注入することは、世界最強のコンピュータにもできません。「膨大作業は機械に任せるように、技術者は人間にしかできないことに集中すべし」というスローガンで取り組んでいます。

クルマの世界でモータ開発の”共通言語”になっているJMAG

JMAGを導入していただいた理由はどのようなものでしたか

米盛氏:
研究所では2006年にJMAGが導入され、段階的に利用数を増やしてきました。研究所だけでなく現場の開発・設計部門などでも活用されています。
選定の理由は、何と言っても日本国内における電磁界解析シミュレーションソフトのデファクト スタンダードであったことです。そもそもMBDもそうですが、技術者の仕事は、計算結果を得た所で完結していません。むしろ議論の始点です。その結果を他の部門や協力会社の開発担当者などと共有し、一気にアドリブが効きにくくなる実機製作に進む前に検証効率、開発効率を向上させることが大きな狙いなのです。
となれば、違う言語で話していては、業務の効率は向上しません。デファクトであることの意味は、現代の開発環境においては非常に価値のあることだと考えます。特に、電気駆動車両関係のモータ解析では、電機メーカもJMAGを活用しているので、JMAG以外のソリューションを使うことは考えにくいし、ツール変更は、カーメーカの本来業務へ直結しない (必然性のない) 努力を要すことになります。

サポート体制などについてご不満はございませんか

米盛氏:
まず日本の永久磁石モータについては、常に専門業界でオーソライズされた最善の知見が盛り込まれていると承知しておりますので、不満はありません。また当社側からの活用提案にもスタッフの方が協力を惜しまずに即応してくださるので、導入以後、トラブルがあったとか業務が滞ったという記憶がありません。JMAGを使っている現場の最新の要求に沿って、新機能開発をしていただけているのもありがたいですね。
こうしたことから当社でも、当初は予想をしていなかったような部署でもJMAGを導入するようになり、まさに“共通言語”としての役割がますます発揮されているのが現状です。

大変に嬉しい言葉をありがとうございます。

米盛氏:
なぜJMAGが国内でデファクトになり、日本の自動車メーカが共通言語として使うようになったかの理由はさまざまだと思います。初期の頃は、大学での研究成果をこのパッケージに具現するために大変な御苦労をなさったとも聞いています。
いずれにしても、わたし自身は、JMAGをモータの進化や善し悪しを論じるためのモノサシの一つとして使うのがよいだろうし、さまざまな技術提案は動的モデル、つまりJMAG-RTで提案していただけませんかと呼びかけています。いや、JSOLさんの肩を持つ訳ではなく、共通の言語のほうがありがたいからです。

クルマの電気仕掛けを美しくするツール

ソフトとしての改善点などについてお考えをお聞かせください。

米盛氏:
CAEの結果と実際に試作される物を比較すると、1つの解析テーマ別に見れば非常に優れた解析結果を得られています。しかし個人的には、もう一歩踏み込んでマルチフィジックスで解析結果を得られるようになるのを望んでいます。
まず、設計図面データ(製造公差付)と実際物のブレが、パワーやトルクなどの特性にどのような影響が出るかを信頼性区間で示すような (今までにはなかった)「別角度からの検証」があります。2つ目に、JMAGはモータの電磁界解析ソフトなのですが、熱流体など他の有限要素法のシミュレーション ツールとも協調してカバー範囲を広げられないかという改善希望があります。3つ目に、シミュレーションのバーチャル データがモノづくりの匠である生産工程部門へ実データとして渡され、研究シミュレーションから生産シミュレーションまでが一気通貫で連動になるような仕組みをつくれないかということがあります。
研究・開発を高速のサイクルで回すには、其々の分野の匠全員が一緒に伴走しながらそれぞれの立場から口角泡を飛ばして設計図面を洗練させるのが究極の理想です。それが実現するまでは、設計者なりに想う所あって尖ったものを送り出し、後工程たる製造部門が受け取る形にならざるを得ない。(これ自体は、一概に悪いことではありません。) しかし製造ラインが具現化し、例えば金型変更が困難な段階で、事後的に「ああしておけば良かったなぁ」ということが発覚する事態は、ゼロが良いのです。

いわゆる統合設計技術や統合生産技術との連携を深める必要があるということですか

米盛氏:
すでにクルマの開発は、人が気持ちよいとは何かを工学的にとらえ、それを具体的にデザインに落とし込んでいく時代になっています。3次元CADなどを駆使して形や材料、素材などを変えたらどうなるかのシミュレーションも片方では進められています。そうしたデータが統合設計技術などに送り込まれてきており、JMAGもまたその中の一つとして、シミュレーション結果を実際の生産システムに直結させていくことを考える時期に来ているのではないでしょうか。
具体的には、モータだけでなくインバータまではJMAGの守備範囲にしてもらいたいと思います。昨今の車両駆動用途の世界では、インバータのないモータはないのですから。(バッテリーは化学反応の世界なので、JMAGが直接フォローする必要はないでしょう。) その上でさらにシステム統合制御まで踏み込んでいただきたい。熱の考慮が必要不可欠な機能となります。JMAGの機能拡充にあたっては冷却器系や車体などとの関わりは定型がなく、どの部分に、どう手を付ければよいのかJSOLさんにも悩み所はあると思いますが、要望としてはお伝えしておきます。

今後のクルマ開発におけるJMAGの役割を再度、定義していただけますか。

米盛氏:
いろいろ要望を言いましたが、JMAGが研究・開発に不可欠なツールであることに全く変化はありません。今後、お客様の歓びに向かって自動車が進化し、形態が更に多様化と収斂を繰り返していく過程で、機能と部品の役割分担は都度、変化していくことが十分に予想されます。未来がどうなるのかは、常に流動的であって、本質的に不確定なものなのです。しかも、ハイテクさえやっていれば安心という訳でもありません。だからこそシミュレーションの高度化や高精度化によって、より沢山の未来像を明確にイメージすることの重要性がまし、ますます大きな役割を果たすようにしていくべきなのです。
クルマ開発においてスタータやオルタネータといったトラディショナルな回転機から、近年はトラクション モータ、電気式過給器、更には回転機のみならずインジェクタなどの様々な電気デバイスがありますが、クルマの100年に及ぶ歴史で常に進化を続けてきたにもかかわらず、一度たりとも歩みを止めたことはありません。内燃機関ですらそうであったように、実は、まだまだ技術者の不断の努力と発想力次第によっては革新が起こせ、進化の伸び代を持っているのです。
現代のエンジンが、名工による多彩な彫刻刀を使った“芸術作品”だとするならば、電気デバイスは、まだまだ洗練の歴史も浅く、チェンソーで木を削っているような荒削り品のレベルだと思います。極めて個人的な意見であることは承知の上ですが、ため息が出るほどに美しいモータには、まだ出会っても、生み出せてもいません。
鉄や銅や磁石といった電磁材料が、本来秘めているポテンシャルを最大限に引き出すということは、飛行機の流線形やプロペラのように空気の流れを乱す “無駄なもの” を削ぎ落とすことに通じると思います。機能が自ずと形に現れて美しく洗練された製品に進化させるための道具として、これからもJMAGの切れ味に磨きを掛け続けていただきたいと思います。お互いに “The SKY is the Limit.”(可能性は青天井だ!) の開発スピリットで切磋琢磨し、お客様の歓びを叶える未来に向かって共に邁進していきましょう。

感謝状をいただきました。

JMAGを使ったハイブリッドモータの最適化システムなど、マツダ様のCAE環境構築への貢献を評価頂き、感謝状を頂きました。
弊社では、お客様の要望や課題を把握するよう努めておりますが、時々「JMAGが本当にお客様の役に立っているのか」と不安になることもあります。
そのため感謝状という目に見える形で評価いただいたことは大変うれしく名誉に感じました。この場をお借りし、御礼申し上げます。誠にありがとうございます。
感謝状

お話を伺った方

米盛 敬 氏

マツダ株式会社
技術研究所 革新研究創成部門 創成領域研究チーム
兼 先進車両システム研究部門 車両統合制御研究
シニア・テクニカル・スペシャリスト
米盛 敬 氏

マツダ株式会社(Mazda Motor Corporation)
商号:
マツダ株式会社(Mazda Motor Corporation)
代表者:
代表取締役社長 小飼 雅道
資本金:
2,589億5,709万6,762円
連結従業員数:
37,617人
上場市場:
東京証券取引所・市場第一部
事業概要:
乗用車・トラックの製造、販売等を事業とし、ロータリーエンジンを搭載した自動車を40年以上にわたり量産・開発している世界で唯一の企業である。特に、ドイツ・英国を中心とする欧州やオーストラリアでのブランド評価は高く、2011 年及び2012 年のオーストラリアのモデル別自動車販売台数ではMazda3(アクセラ)が首位となった。
現在の企業キャッチフレーズは「Zoom-Zoom」

[JMAG Newsletter 2013年6月号より]