次世代重機の開発におけるバーチャルプロトタイピングの試み
644k Hybrid Tractor
https://www.deere.com/en/loaders/wheel-loaders/mid-size-wheel-loaders/
建機、農機で世界をリードするJohn Deere。同社を代表する重機の開発では、生産性向上と運転コスト低減のため、操縦席の小型モータから高出力用ハイブリッドエンジン用モータに至るまで幅広く、電化プロジェクトが推進されています。燃費向上や快適な運転性能はもちろんのこと、ハイブリッド・トラクターへのアクティブ・トラクションコントロールの導入によるタイヤ寿命の改善まで、重機の電化がもたらす効果は数えきれません。そんな同社の電化プロジェクトでも、JMAGが活躍しています。今回のインタビューでは、同プロジェクトを統括するJim Shoemaker氏にJMAG導入の背景と活用成果についてインタビューしてきました。
重機における電化の取り組み
Shoemaker氏:
John Deereでは電化プロジェクトを進めており、多くの製品がモータ駆動になっています(詳しくは644k Hybrid Tractor WEBサイトを参照)。開発においてもバーチャルプロトタイピングに活発に取り組んでおり、可能な限り車両の試作を減らそうとしています。これは、設計、解析、試作からその検査まで、一連の開発プロセス全体における試作回数の削減を目標としています。このために構造解析、電磁場解析、流体解析などあらゆるシミュレーションの導入を進めています。
Shoemaker氏:
基本的にモータは、仕様や測定値を参照してサプライヤから購入していました。それを社内のモータベンチを用いて、熱特性から構造特性まで、車両の仕様に合致しているか検証していたのです。購入したモータが車両の要求を満たすものかどうか、物理的に逐一検証しなくてはなりませんでした。
Shoemaker氏:
大抵、サプライヤの製品から利用可能なものを探していました。その形状から機器特性を理解するための計算は行っていましたが、基礎方程式を用いてアイデアが要求に見合うはずかを見積もるだけのものでした。
Shoemaker氏:
それはありました。市場にある機器では私たちの車両に必要な出力やトルク密度を満たすものがありません。例えば、500Wの卓上研削盤のモータの大きさを考えてみてください。私たちの車両は握りこぶし大のモータに、その500Wの定常出力を必要としているのです。高性能のサーボモータでも、私たちの車両のモータの2、3倍の大きさがあります。John Deereでは、より小さなモータに非常に大きな出力とトルク密度を要求しています。それだけではありません。防水、泥土や飼料からの防汚、過酷な稼働条件への耐久性を備えなくてはなりません。サプライヤのカタログ品の中には、その様な要求を満たすものはありませんでした。
バーチャルプロトタイピングへの高精度モデルの導入
Shoemaker氏:
SPEEDでは多くの性能予測を迅速に行うことができます。しかし、モータ出力が100kWになることを予見することはできますが、損失の詳細解析にはあまり良くありません。SPEEDでは効率を93~96%見積れるかもしれませんが、機械技術者はそれだけのモータを冷却するにはどれだけの冷却水が必要になるかと聞くでしょう。その効率予測範囲では、4kWから7kWの熱量を排出することになり、2倍の差があります。これでは機械技術者たちは、私のモデルが推測の域を出ていないと考えるでしょうし、当て推量でより良い結果を得るかも知れません。出力はおよそ100kWと上手く予測できていたとしても、どれだけの熱量を排気しなくてはならないかはよく分からないのです。本当の効率がどれだけか、トルクリップルがどの程度になるか、製造時の許容誤差、電流・電圧のトレランスがどの程度の影響を与えるか、そしてその値を変更した際に機器へのどの様な影響が予測できるのか。そういったことを、更に深く理解する必要があるのです。
Shoemaker氏:
最初の動機は、トルクリップルや動特性といった機器性能の理解を深めることでした。それに続いて損失の高精度解析と制御性の把握ですね。制御性というのは、コイルをもう1巻増やした際に電流がどのくらい稼げて、制御に充分な余剰電圧を確保できるかといった検討です。SPEEDから得られていた答えは、これらに対して正確ではありませんでした。私たちは今でも基本的なアイデアを得るための初期計算にはSPEEDを使っています。評価の前に感触を得るためにも、まずこれを行いたいと思っています。
鉄損と磁石損失
電流高調波の損失および効率への影響
ジュール損失調波分析
Shoemaker氏:
他の電磁界解析FEAパッケージと同じく良い製品だと思いますが、製品比較には多くの時間がかかるので我々はあまり実施していないと思います。JMAGではマルチフィジクスの連携が不足している様に思います(編集注:この度、マルチフィジクスの強化としてJMAGはスモールマルチフィジックス を導入しました)。他のツールのように、あらゆる分野の解析を行うことができればと思います。JMAGの好きなところは、私たちの意見を聞いてもらえるところです。他のツールベンダーではそうはいかず、リリースされた製品を受け入れるしかありません。でも、私たちが例えばバスバーの課題に直面すれば、私はJMAGチームに「どうすればいいのか教えて」と言えば、それに応えてくれます。
Shoemaker氏:
シミュレーションの導入前は、設計案2ケースの評価に6か月を要していました。ベンチを用いて測定を行うには、多くの手間がかかります。まず取付け器具や軸継手の設定、位置合わせ、冷却装置、位置センサーの調整、IPMを動作させるのに必要なインバーターの設定をしてから、過熱状態、飽和状態そして短絡などの試験を行うことになります。それが今では、シミュレーションにより1週間に50ケースは評価することができるのです!私たちの場合、より深く調査する必要があるケースを抽出するために、まずSPEEDを用いて誘導機、IPM、SRMなどの検討を行っています。磁石が1層の場合と2層の場合の比較や磁石の角度や位置の検討を行い、そこからJMAGでより深く掘下げていくべき設計案を取捨選択しているのです。
ロータ磁気回路の違いによる比較検討
Shoemaker氏:
最初の1週間では、複数ケースをざっと評価します。その後、2ケースほどを取り出し、FEAによる詳細解析を行い、目論見通りの設計になっているか確認するのです。それから、駆動回路を繋げて要望どおりのパフォーマンスになるかを確認します。
制御設計への取り組み
John Deereでは各機器向けの制御装置も開発しています。この開発はJohn Deereとは別部門であるJohn Deere Electronics Solutions(JDES)にて行われています。Jim Shoemaker氏の部門では機器設計を担当していますが、システム全体のパフォーマンスをシミュレーションできるように制御装置の開発部門とも連携もしなくてはなりません。そのため、John DeereではJMAG-RTが活用されています。JMAG-RTを利用することで、Jim Shoemaker氏の部門は高精度なモータモデルを作成し、HILS上で評価するためのコンポーネントとして提供することが可能になっています。
Shoemaker氏:
私たちのところでは、IPMの制御装置を評価する際に、IPMを測定器に接続することなくHILS上で模擬するために利用しています。JMAG-RTでは、詳細な形状と材料データがあれば、機器特性を正確に模擬することができます。電流振幅ごとの最大トルク、最大効率、無負荷・最大負荷状態それぞれのマップを評価しています。また、この様なバーチャルツールを用いる事のもう一つのメリットは、動作限界での機器動作や、限界値を超えた状態での機器動作を、機器にダメージを与えることなく得ることができる点です。モータやインバーターが燃える心配もありません。
制御回路連携による故障時のシミュレーション
充実した技術サポートと技術資料で加速する導入を実感
Shoemaker氏:
技術サポートは、私たちが今までに利用したどんなFEAツールベンダーよりも優れていると感じています。もちろん、それはまだ私の要望どおりではありません。私は皆さんには、私たちの要求を見越し、私たちの考えを読み、いつでも依頼したものには次の日には応えていただきたいと思っています。でも、当然それには時間が掛かかりますし、皆さんの技術サポートは非常に良いと思っています。
Shoemaker氏:
常々気に入っています。ユーザー会議の資料も良いですね。私たちはよくダウンロードして読んでいます。他のユーザーの皆さんの経験を得ることができるのは、良いことだと思っています。オンラインのチュートリアルも素晴らしいと思います。誰もがやりたいことをざっと確認することができますね。
Shoemaker氏:
もちろんです。全くのJMAG初心者にも、新しい機能、ツールを利用したい技術者にも、有効でした。問題に当たった時にサンプルデータを用いることで、ツールに課題があるのか、使い方が間違っているのかを確認することもできます。
Shoemaker氏:
もちろん感じています。バーチャルプロトタイピングはコスト的に絶対有効です。
マルチフィジクスの取込みによる高度モデル化に期待
Shoemaker氏:
現在最も興味があるのは、熱解析のモデル化です。トルクやスピードについては、非常に正確に評価できています。損失もほぼ正確で、課題はありますが大丈夫です。でも、モータがどの程度の熱を帯びるかの評価については、まだ道筋が得られていません。モータ中心が180度まで昇温しないためには、どの出力まで回して大丈夫なのか。現在はまだよく分かっておらず、温度を正確に予見できるツールがないために、JMAGなどを用いてもなお、換算係数2を用いています。機器特性の評価はすばらしく、損失はおよそ大きな問題はありませんが、熱評価は厳しいです。
Shoemaker氏:
うーん、それは私に答えられるか分かりません。やはり熱特性を正しく評価するために、さらにデータを搭載することでしょうか。ちょうどJFEの鋼板材料データベースを取り込んだように。これはJMAGそのものの機能と言えるかどうか分からず、鋼板の材料データベースを取り入れただけですが、それがなくては正確な結果を得ることはできませんよね。熱解析についても同様だと思います。すべての熱抵抗値や熱容量が正しく分かれば熱特性を計算できるのだと思いますが、その特性値が私たちには分からないのです。スロット内の銅材から水冷帯の鉄材まで各特性値を把握するのは難しいですし、境界表面の伝達係数もよく分かりません。
Shoemaker氏:
はい。それが次の課題だと思います。私たちのモータには様々な厚みのものがあり、更なる高トルクが必要であれば厚みを増すこともあり得ます。冷却のためには冷却材をステータ周りの冷却帯に流したり、エンドコイルに噴射しますが、モータの厚みがあまり大きくなると、積層の中心ではコイルを充分に冷やすことができません。どの厚さまで耐えられるのか、冷却材の温度や流量を変えると可能な厚みはどの程度変わるのか、エンドコイルに掛ける冷却材を増やすと効果はあるのか、厚みが増した鋼板の下では効果が薄いのか、そういったことが次の研究課題です。熱が銅材を通してどれだけ早く端部に伝わり、どれだけ上手く熱を逃がせるか、その違いを把握すること。これはマルチフィジクスな課題だと思いますが、それこそ私が直面している課題です。
Shoemaker氏:
はい。ツールが良くても材料データが提供されなければ、ユーザーとしてはどこで材料が飽和してどの様に挙動するか把握できません。ツールを利用するためのそれらすべての情報が、これからの熱解析に必要になるのだと思います。
Shoemaker氏:
はい。現在のツールに含まれる知識ベースとは違います。必要なのは、最良の推測値で、少なくとも有効な見積りです。これもJMAGチームへのリクエストの一つですね。
これは多くのお客様から指摘されてきたことではあります。私たちはJMAGの機能の中に解析ナレッジをも取り込んでいく必要があります。私たちはまさに今、取り組んでいます。皆様からの更なるフィードバックをお待ちしております。
お話を伺った方
John Deere
Advanced Product Technology
Mgr Vehicle Electrification
Technologies
Jim Shoemaker氏
One John Deere Place
Moline, Illinois 61265
[JMAG Newsletter 2014年3月号より]