第5話:損失解析への関心の高まり

解析屋が見た損失評価

山田 隆

 損失解析に関する解析技術の論文が2000年頃から急速に増えていくのですが、当然、世の中に論文が現れる前には研究・執筆・レビュー期間があって、その前に、技術に対する要請があるわけです。それはやはり、1997~8年頃だったのではないかと思います。これは永久磁石モータ、特に、IPMモータの広まりと同期していたと思います。損失解析からは少々離れますが、永久磁石モータの解析ニーズについて簡単に振り返ってみたいと思います。

 1990年代の前半までは産業用モータの主力は圧倒的に誘導機で、永久磁石モータのアプリケーションはAV用機器およびアクチュエータ的なものが多かったと思います。解析ニーズとしては、一般駆動特性の他、永久磁石モータ固有のコギングトルクが大きな課題でした。実際、モータのタイプとしてもSPMが殆どで、私が言うのも何ですが、SPMの基本的な特性はFEMを駆使しなくても磁気回路法で大体求めることができます。その当時はフェライト磁石でしたから比較的磁束密度のレベルも低く平和な時代でした。ただ、コギングトルクは曲者でなかなか測定と合わせることができませんでした。何もJMAGだけがダメだったわけではありません。みんな苦労していたんです。電気学会の報告<6>にその当時の苦労を垣間見ることができます。

 今でもコギングトルクの解析精度には苦労しますが、その当時は、計算不可能なのではないかという雰囲気があった程でした。研究機関によって結果が全く異なります。その意味では、一昔前の損失解析と似ていると思います。

 数年の検討を経て、メッシュの切り方、材料の与え方などいくつか基本的なポイントを押さえれば計算できることがわかりました。面白いことに、コギングトルクの検討を始めた当初と、ある程度目途が付いた後で、実は解析アルゴリズムには何の差もありません。使い方が全てだったのです。

 そうとわかれば、皆、必死になって使いこなそうとします。そうすると、さらにノウハウが積み重なって精度が向上します。もし、うまくいかないときに”だめだー”といって匙を投げていたらどうなっていたでしょうか。幸運の女神もあきれて立ち去って行っていたと思います。これは、解析技術の開発を推進していたグループの寄与も大きいと思いますが、成功を信じて必死に使いこなそうとした利用者側の勝利ではないかと私は思っています。解析技術というのはそこに住む住人の文化にまで昇華しないといけないと思います。

 まあ、そんなことがあってFEMを使うとコギングトルクが計算可能だ、ということからFEMの導入が大きくすすみました。ちょうどその頃、バブルもはじけ終わり、省エネブームが起こりました。私がそれを認識したのはエアコンのコンプレッサ用モータです。ある日を境に解析ニーズが急上昇しました。その当時はコンプレッサ用のモータは誘導機が主流でしたが、高効率化のために強力なネオジ磁石を使ったモータが登場しはじめたのです<7>

 でも、損失の話はまだ出てきません。強力な磁石を利用するために再設計が必要になったこと、また、希土類磁石は渦電流が発生するためにその影響や着磁に課題を抱えていました。その後、IPMが登場すると制御が課題になり、インダクタンス計算が大きな課題になりました。IPMのインダクタンスは磁気飽和の影響を大きく受けるためFEMが必須でした。この話の流れからJMAG-RTが登場するのですが、この話をはじめると損失の話ができなくなるので、別の機会にお話をしたいと思います。

 気が付くと1998年です。この頃になると、高効率、制御というキーワードでモータが語られるようになり<8>、解析側からそれをサポートするためには信頼性の高い材料特性が重要であることが見えてきました。

 一方でFEAの利用者も拡がり、ソフトウェアへの期待も変わってきました。それまではBHカーブの調達はユーザの仕事でしたが、それもソフトウェアと一緒に提供してほしいという要求が増えてきたのです。BHカーブをどちらが提供しても良いようなものですが、実はこれは私たちにとっては黒船のような出来事だったのです。世の中を変えたと言われるインターネットの出現は電磁界解析に大した影響は与えませんでしたが、材料データのバンドルは私達に意識の変革を迫りました。

 それまでは、私たちにとっては材料データは形状と同じく完全にユーザの責任で入力されるものでした。解析結果がおかしい場合でもユーザに材料データを見直してもらうことがかなりの確率でありました。ところが、材料データを提供するということは、それに私たちは責任を負わなくてはなりません。何よりも材料について一定の理解を持たなくてはいけません。材料データを提供していただく材料メーカの方々や大学の先生方から材料や測定について多くのことを教えていただきました。

 そのような背景の中で損失解析のニーズが高まって来たのです。私たちにとっては幸運でした。
それにしても、材料エキスパート達の知識と経験は圧倒的でした。一方で、モータ設計者や解析技術者は材料の情報に飢えている。また逆に、モータ設計や解析側の情報が、材料関係者には十分に届いていないようです(*2)。これは実に不思議な光景でした(*3)。しかし、その壁を超えて交流が進めば、いろいろな問題が解決に向かい始めるのではないかと思い始めました。

 そこで、それらの人たちが一堂に会することのできるセミナーを企画しました。2000年のことです。講師の方々には現状と抱えている課題を赤裸々に語っていただき、課題の共有化ができ有意義なセミナーだったと記憶しています。そのセミナーで具体的な問題解決ができたわけではありませんが、互いの領域に踏み込んで検討する雰囲気の醸成に微力ながら貢献できたのではないかと自負しています。

 そんなこんなで、損失解析へのニーズが日増しに増えていき、損失解析を行うことがだんだん当たり前になってきました。
世間話が長くなりました。次は少し技術的なお話をしたいと思います。

 コラム連載前半はここまでです。ただ、ここまでで、説明が足りない点などについて、来週補いたいと思います。
来週もぜひ、当該コラムにアクセスいただければと存じます。

 本コラムに対し、皆様からのコメントをお待ちしております。ぜひお寄せください。


  1. もちろん、全く交流がなかったわけではありません。三者が連携してプロジェクトを進めている例もありました。ただ、それは特例であったと思います。
  2. 正直なところ、この光景は今でもないわけではないと思います。