第7話:本当にどこまでできるのか?

解析屋が見た損失評価

山田 隆

 昨日お話しした通り、調査専門委員会でのベンチマークモデルによる検討によれば、無負荷状態については材料特性をしっかり把握していれば、従来の鉄損解析の方法で良い結果が得られることがわかりました。人類にとって大きな一歩です。しかし、無負荷状態というのは実用的に考えた場合、少々厳しい制約条件になってしまいます。必要なのは運転時、それも最近では電流をじゃぶじゃぶと流した時の損失や効率ですから。電流が投入されて波形が歪んでいくのが目に見えそうです。そこに強烈な磁石の磁界が加わり、さらに歪みます。スロット高調波が乱舞して正弦波など見る影もなく破壊されていく様子が目に浮かびます。これまでお話しした通り従来の鉄損解析手法は磁束密度の正弦波波形を仮定しているので、そんなめちゃめちゃな波形では有効に働くはずがない、、、実際、周囲の人たちに相談したのですが、”そりゃ駄目でしょう”という返事ばかり、皆さん論理的で冷静です。
 そうなると、では、どのくらいめちゃめちゃで、どのくらい合わないか見てみたい、と思い始めました。解決策は思いつかないまでも、問題の整理くらいはできないかと思ったわけです。
 ただ、そのためには実機の測定が必要ですが、問題ばかりを深堀して、解決策が期待できない調査のために実機を提供してくれるところなどありません。仕方がないので無謀にも自分達でモータを準備することにしました。

 その当時(2006年頃)、私たちの東京のオフィスは九段下にあり、現在の晴海へ移転準備中でした(*1)。今のようにウォータフロントとしてもてはやされるようになるのはもう少し後の話です。東京オリンピック開催決定にいたってはつい最近のことですね。話はそれましたが、その頃は”晴海”というのが社内ではキーワードの一つになっており、自分たちが作るモータに”晴海1号”という名前を付けることにしました。

 この晴海1号の設計には、JMAGが使われました。当たり前です。ユーザのモータは数えきれないほど解析してきましたが、自分たちのモータは初めてです。わけもなくドキドキしましたが、さすがJMAG、回るモータを設計してくれました。晴海1号の仕様を表2に示します。測定は東京農工大学の赤津先生(現在芝浦工業大学)の研究室にお願いしました。

表2 晴海1号の仕様
(a) モータ仕様
極数 4
スロット数 24
ステータ外径 (㎜) 150
ステータ内径 (㎜) 80
ギャップ長 (㎜) 1
積厚 (㎜) 50
巻数 (ターン/コイル) 32
相抵抗 (Ohm) 0.46
鋼板材料 35H360
占積率: 98%
磁石材料 N39UH
(b) モータドライブ仕様
DC電圧 (V) 200-300
実効電流 (A) 2-8
進み位相 (deg) 0-90
PWM制御 三角波比較方式
電流制御周波数 (rad/sec) 100-500
Ld (mH) ※ 5
Lq (mH) ※ 11
磁石磁束 (Wb) ※ 0.24
キャリア周波数 (kHz) 2-15
デッドタイム (μsec) 4
回転数 (r/min) 1800

※ PI制御ゲイン算出用

 このプロジェクトの目的は、鉄損解析が実測と一致することを示すことではなく、どの程度乖離するか、を見ることです。ある意味、気が楽です。どのような結果が出ても素直に受け入れることができます。解析に使った材料特性も晴海1号に使われた電磁鋼板そのものの特性ではなく、カタログ値を使いました。実務の現場ではカタログ値を使わざるを得ない場面が多いと聞いており、その場合にどのような乖離が生じるが見ておきたかったからです。

 さて、どのような結果になったのでしょうか?

 結果を見てください(図21)。歪んだ波形と高調波が跋扈する負荷時の損失計算は測定値と200%300%の差が出ることを覚悟していたのですが、どうです、良く一致しているではありませんか。

図21 実測と解析との比較

電流振幅4Arms、電流位相10degを通電した際の鉄損計算結果。
実測、PWMはキャリア周波数 6kHzにて駆動、正弦波は振幅、位相のみを与えて計算を行った。

 もちろん、試行錯誤はありました。そして、大事な種明かしもしておかなくてはいけません。このモデルは先の調査専門委員会の後継委員会である電磁界解析による回転機の設計・性能評価技術調査専門委員会で、ベンチマークモデルとして取り上げられ、参加メンバーの皆さんにも精力的に検討していただきました。委員会での検討の詳細は当該委員会の報告書<10>に詳述されており、実は、工夫をするともっと良い結果が得られることも書かれています。

 さて、試行錯誤と上で書きましたが、たくさんの試行錯誤の中でとりわけ重要だったのは、入力電流波形の精度でした。電流のPWMによる高調波成分をきちんと取り込むことで、損失計算の精度が向上することがわかりました。図21中には比較のために高調波のない正弦波電流を入力した場合の結果も載せておきます。回転数1800rpmで特に改善していることがわかります。回転数1500rpmではむしろ正弦波の方が実測に近いという不都合なことが起こっていますが、今回の解析手法では高調波電流の解析結果が全体的に上ぶれしていることが後の検討でわかっていること、1500rpmでの測定値が若干落ち込んでしまっていることから、それほど不都合な結果ではないと考えています。ちなみに高調波電流はJMAG-RT(*2)を使った制御回路との連成解析によって求めています。連成解析で得られた電流波形と実測との比較も図22に示しておきます。

図22 JMAG-RTで得られた電流波形と実測電流波形

JMAG-RTモデルを用いて制御、インバータをモデル化して連成解析を実施。
電流振幅4Arms、電流位相 10deg、回転数 1800rpmで制御した際の解析結果と実測電流波形を表示。
図21の鉄損を計算するための磁界解析にはこの計算で得られた電流波形が使われた。

 もう1つ、重要だったのは測定の精度です。そもそも、モータである以上、損失は顕著な量ではありません。測定ベンチを含む測定系のキャリブレーション、機械損との分離など、細心の注意を払わなくてはならないことが多いのですが、それがそれがなかなか難しい。それを学びました。経験豊富な方は何を今更とおっしゃるかもしれませんが、実際のところ、皆が皆、完璧にできているわけではないと思います。
いろいろありましたが、従来の解析手法でも、負荷状態に対し5%~20%程度の精度で予測できることが確認できました。これも先の例と同様に私たちに勇気を与えてくれました。実際の設計に損失解析を取り込む動機を少しは与えることができたのではないかと思います。

 もちろん、上の結果は晴海1号に限った話であり、他のモータでも同等の精度が得られることを保証するものではありません。もし、もっと高回転になったら、もっと、電流を投入したら、精度は悪化するかもしれません。そして、実際に損失解析に挑戦したユーザからフィードバックが届き始めました。”全然合わない”、”もっと精度が欲しい”などなど<11>

 考えてみれば当然と言えば当然です。そもそも、従来の解析手法では限界が来ていることは晴海1号を作る時点でわかっていたのですから。

 明日は「なぜ合うんだろう?」です。どうぞお楽しみに。


[*1] 晴海は月島が近く、もんじゃで有名なところです。月島のもんじゃ通りには60を超えるもんじゃ屋さんがあります!
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[*2] 制御シミュレーション用高精度モデル。詳しくはこちら icon-arrow-circle-o-right