解析屋が見た損失評価
山田 隆
損失解析の機運が高まり、解析事例が増えてくると、合った合わないの話も増えてきます、実測や、経験や、期待と比べて。ある論文を読むと、実測同様の予測ができるとあり、ある人に聞けば時間の無駄と言われ、というような毀誉褒貶相半ばする状態になってきました。このような背景の中で、電気学会の調査専門委員会(「回転機の三次元電磁界解析高度化調査専門委員会」、1999年4月~2001年3月)<9>でベンチマークモデルを設定して解析と実測を比較しよう、ということになりました。モータの詳細仕様はもちろんのこと、材料特性から加工方法までつまびらかにしたうえで、複数のグループがそれぞれの方法で損失を計算し、比較し、検討します。
これは新しい技術の実用化には非常に有効な方法だと思います。それぞれのグループには得手不得手があって、互いにそれらを補い合うことで1つのレベルの高い仕事をすることができます。また、視点が増えるために解析手法の完成度が高まり、または、長所短所が明確になり、多くの人にとって安心感のある手法として認知されます。このコミュニティで認知されるプロセスは重要で、これによって論文に出ていた素晴らしい手法から、自分達が使える手法へと消化することができます。その消化プロセスでは解析手法として何か進化があるわけではありませんが、実用化のためには欠かすことができません。先に述べたコギングトルクの時にそれを強く実感しました。手法的に進化がないと言っても、実用化され多くの人が、多くの場面で使うようになることで、結果として技術レベルは大幅に向上しました。
図18 解析技術の実用化のプロセス
とにかく、調査専門委員会でのベンチマークモデルを使った検討は期待通り大きな成果が得られました。ベンチマークモデルはSPMで無負荷での損失が検討されました。電磁鋼鈑や磁石の磁化特性、損失特性ともに、そのために丁寧に測定され、加工や応力の影響を避けるために切り出しや組み立てが行われました。ばらつきを考慮して複数のモータをつくり、複数の研究機関で損失測定が行われました。解析も複数の研究機関がそれぞれの手法でアプローチしました。バラエティはありますが、基本的な考え方は上に述べた鉄損特性データを使った方法です。その結果、若干の違いはあるものの総じて解析は測定結果をよく再現することが確認されました。この委員会の活動報告書<9>には測定と解析について詳細に記述されており現時点においても非常に価値の高い技術文書だと思いますので一読をお勧めします。その報告書へのガイドとしてベンチマークテスト部分の概要を表1にまとめてみました。
目的 | 回転機の電磁界解析技術、並びに回転機の鉄損推定法などの実用的な解析法について調査する | |||||||
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対象モータ | タイプ | 表面磁石型ブラシレスモータ | ||||||
極数 / スロット数 | 4/24 | |||||||
巻線 | 使用なし | |||||||
外径 / 積厚 (mm) | 136/40 | |||||||
材料 | 鉄心 | 無方向性電磁鋼板: 50A1300 | ||||||
磁石 | Br(T): 1.26, Hc(kA/m): 963, μr: 1.05 | |||||||
モータの組み立て | 熱や応力による磁気特性変化を避けるため、コアの打ち出しはワイヤーカットで行い、積層は積層間に接着剤を塗布して固定している | |||||||
測定 | 材料特性 | 単板磁気特性試験器(SST) | ||||||
モータ損失 | 測定方法 | 永久磁石が着磁されたものおよび無着磁のものの2種類を用意し、それぞれの無負荷状態のトルクを測定し、その差から鉄損を算出 | ||||||
駆動用モータ | ACサーボモータ(定格出力:200W) | |||||||
トルク計 | 位相変換型トルク計(容量:0.5Nm、分解能: 0.1mNm) | |||||||
解析 | 方法 Ⅰ | 磁束密度波形の調波解析結果から求める方法 | ||||||
方法 Ⅱ | 磁束密度波形から直接求める方法 | |||||||
方法 Ⅲ | 回転磁界下の素材鉄損曲線から求める方法 | |||||||
方法 Ⅳ | 電磁界解析によって直接求める方法 | |||||||
結果(*1) | 測定時の回転数 | 1,500 r/min | ||||||
測定(機関 Ⅰ) | 測定(機関 Ⅱ) | 20.0 W | 22.0 W | |||||
方法 Ⅰ | 25.0 W | |||||||
方法 Ⅱ-1 | 方法 Ⅱ-2 | 20.5 W | 22.0 W | |||||
方法 Ⅲ | 23.0 W | |||||||
方法 Ⅳ | 22.0 W |
各回転数における損失の実測値<9>との比較
結論としては、対象となるモータを実際に構成している材料の特性を使えば、解析でも信頼性の高い損失評価が行える、ということになりました。これを読んで、そんなのあたりまえじゃん、とつぶやいてしまったあなた、若い!これはすごいことなんです。西に向かってひたすら航海を続けて地球が丸いことを証明したマゼランの偉業に並ぶほどだと私は思っています。当時から、加工や応力の影響、回転磁束、異常渦電流損失など、数々の解析では考慮が難しい課題があり、それがどの程度影響するのか全く分かりませんでした。損失解析の結果が実測と合致しない理由はそれらにあるという意見も根強くありました。マゼランの時代には、海の果てには大きな滝があって、船はそこに飲み込まれてしまう、という説があったそうです。それに似ています。その恐怖に打ち勝って(少々大げさになってきました)、正しいデータをつかえば損失評価が解析で行えることを示したわけです。
若干強い制約条件がついていますが、その制約条件の下では、複雑な鉄損現象が、通常のFEMと鉄損特性データを使うことで再現できることが確認されたのです。これはとてつもなく大きな勇気を与えてくれました。
あとは制約条件を緩めていけばよいです。
次回は、第7話 本当にどこまでできるのか?です。お楽しみに。
図20 同じ海でも灯台があると安心